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半導体と物理、アナログ回路とSpice Simulationその4 -パイリサーチラボ柳氏

半導体と物理、アナログ回路とSpice Simulation
第四回:アナログ回路と電磁界

 

 PI Research Labo(パイリサーチラボ) 代表  柳 孝裕

 

1. はじめに

 

大分時間経ちました。前回はアナログ回路と物理でしたが今回はアナログ回路と電磁界です。


 最近、笑えない話を聞きました。日本の大学としてはかなり危機的状態だと思うのですが、一部の大学の工学部では電磁気学を教えてないそうです。前回工学部の在り方みたいな事を書いた後ですので、えっという反面、やっぱりって感じがしました。電磁気学は、教える教官がいないのか、教えられないのかはさておき、将来の日本かなり不安を感じてしまいます。
追い打ちをかけるようですが、お付き合いいのある、液晶のデバイス、光学シミュレーターを作られてる会社の方から、某大学の工学部の教授に、電磁界解析手法について質問されたそうですが、即答が出来なかったそうです。これも専門性が高くて答えるべき回答が出てこなかったのか、また知らなくて答えられないのかで随分と違いますが、危機的状況には変わりありません。
一つの答えとして、大学も統廃合と言われてる御時世なので統廃合を含めて、改革が必要だと思います。
一時期、一部で言われていた事ですが、工学部の博士号の乱発も抑えないと、USと日本の博士課程終了した人の差は、かなりあります。日本の工学博士は、論文博士で、USの博士号は、きちんと自分が生きて行く為の技量と仕事、手段を身に付けた人が多い気がします。ここは、個人的な意見なのであまり、無視してください。

 

2. 電磁気学

 

 電磁気と言ってもかつて理工系の大学の人は100%授業で学習していたはずです。なのに、理系の人苦手な人多いって聞きます。さらに、量子力学はというと拍車をかけて覚えていない人が多いです。社会人になって半導体の業務に関わっている人でも、そういう傾向があります。しかしながら、電磁気学の方は、量子力学に比べて、さほどではないと個人的には思っています。
おそらくマクセル方程式は見た事あるけど、量子力学でスピンやパリティの部分覚えている人どれだけいるでしょう?
理学の方は、どちらも避けては通れない学問ですが、工学部の電子・電気の方も知っていなければと思っているのですが、残念ながら、工学系の出身の方は、ほぼ全滅と聞きます。

 

連載4回目ですので、少しは愚痴ではなく学問的な事も書こうと思い、今回アナログ回路と電磁気を選びました。今回は、電磁気学とは!って感じで少しでも、改めて学習してみようとか興味と理解の助けになればと思っています。


 3. 電磁界解析

 

 電磁界解析というと真っ先にmaxwell方程式を思い浮かべる人は、電磁気学に触れた経験のある人です。当たり前が当たり前でない世の中なので、Maxwellそのものを知らない理工系の人もいそうです。話戻りまして、このMaxwell方程式、苦手意識を持つ人は、式が覚えられない、意味が解らないと言った事で挫折した人が多いのではないでしょうか? 物理専攻していた人でも苦手な人が多いのでこれは仕方がありません。反対に、極少数派で、得意という人は、仕事で使っているもしくは研究している人でそのまま頑張って頂きたいと思います。

 

なぜMaxwell方程式が出てきたかといいますと、電磁界の問題を解く上でとても重要だからです。
また、一部ではグリーン関数とか数学用語も出てきますが、電磁界の問題はMaxwell方程式を解く事で簡潔いたします。

 

で、電磁界、構造解析でも良いのですが、フィールドソルバーと言われる物には、大きく分けて以下の手法があります。

 

  1. FEM ( Finite Element Method )  有限要素法
  2. BEM ( Boundary Element Method ) 境界要素法(モーメント法もこれになります)
  3. FDM ( Finite Differential Method ) 有限差分法

 

その他派性のFDTD(有限時間差分法)法や、FVM(有限体積法)等などいろいろあります。

 

ただ、ここで解析法がなぜ一つにならないのか?という問題、疑問に思って当然です。
それぞれ、得手不得手があるからです。しかしながら、この得手不得手はどこにあるのか?
いろいろ、論文、参考書を見ても、どれも明確な答えが記されていません。ただ言える事は、『FEMだから精度が良いのです』、これは大きな間違いです。なんでFEMだと精度が良いのか疑問に思わなくてはいけません。EDAのソフトウエアは、物理、数学から得られる数式をベースにしている以上、実は厳密解という物を解く事が、一番ソフトウエアの精度を調べるのに適しています。当然、前述のSolverでの得手不得手はありますが、これは、EDAソフトウエアを使用するエンジニアが理解をして比較すれば良い話です。
一般的に言われているのが、任意形状に対して有限要素法は、強く、境界要素法は弱いといわれます。主な理由は、境界要素法は、積分方程式を解く上で必ずグリーン関数を用います。
グリーン関数が適応できない場合、解けないという問題があります。
(回避する為にいろいろと手法があります、一部の電磁界にはこれらを切り替えて使用できるものがあります)
  一部のマイクロ波や化合物のRFの設計者の間では、境界要素法の電磁界を、なぜかBEMではなくモーメント法電磁界と呼んでいますが、数値計算の世界ではモーメント法??とは呼びません。なので本文ではBEM(境界要素法)として取り扱いします。

 

4. 厳密解

 

 方程式と名がつくものには、必ず厳密解が存在します。ただ、やっかいなのは、方程式の解を導くときに行列式を解くことになります。逆行列がない場合多くは、解析がとまってしまいます。最近、このような問題は減りつつありますが、シンプルな問題ではなかなか回避できないようですので、注意してください。わかりやすく説明すると未知数xに対して、bという既知のパラメータがある場合の連立方程式が行列Aを用いて以下のように表せるとすると

pai-04-01.jpg

逆行列が存在しないと未知数xは解く事が出来ません。2×2の行列の場合は、高校の数学レベルでad-bc=0の時、逆行列は存在しません。実は一般的なFEMやBEMは結局、未知数を求めるのに連立方程式を用いています。また固有値問題というのもありまして、結局電磁界解析はこの固有値を求める事になります。固有値って忘れた方は、高校の代数・幾何の行列の部分を復習してみましょう。
 Aを行列とするとき、固有値λを用いて以下のようにかけるとする。

pai-04-02.jpg結局、この式が成立するにはA-λI=0の条件が成立しないといけません。
この式は pai-04-03.jpg 

またこの式が成立するには、A=0ならばA-1 は存在しないより、(a-λ)(d-λ)-bc=0の条件が成立しなくてはいけません。これは簡単に解けて2次方程式の解になり、このλが固有値になります。 厳密解が解ける問題としていろいろな例題が作成できます。

 たとえば、半導体プロセス用語で言えばマンハッタン形状、電磁界の用語ではプレーナの形状を表すシンプルな導体でFEMのソルバを使った場合、導体の角の部分では、メッシュが異様に細かくなります、FEMでは近似式を用いて各メッシュの辺要素に対して計算をする為メッシュの精度=解の精度になります。なので3次元のFEMの電磁界でCMOSプロセスのSpiral Inductorの解析をすると多くの電磁界ソフトがメッシュの問題で解析が破綻します。この分野では、BEM(モーメント法)の方が有利です。BEMの方が有利です。理由として、積分方程式(次数が一次下げれます)解きますのでメモリ使用量が少ないからです。 pai-04-04.jpg 

3次元で表すとこんな感じです。
文字ばかりですと、飽きてしまいますが、3次元構造というのは、見るだけで満足しがちですが
実は、いろいろと難解な問題を持っています。
 左がManhattan(マンハッタン)形状もしくはプレーナ配線です。参考までに上右図は、プロセス用語で、厚みを変えずに配線(材質)を堆積(deposition)するのをconformal depositionといい、配線形状は、conformal形状と呼ばれます。続いて、下図は、CMOSイメージセンサーの3次元構造(ちょいと古い素材です) pai-04-05.jpg 

ついでにFujiFilmで有名な昔ハニカムCCDの3次元構造を作成したのを載せます。
これは、Confrmal depositionを行った形状です。この構造作成にあたって、映像学会誌を参考に手探りで作成した物です。その後、寄生素子の抽出+PDのモデリングをした後、回路シミュレーションと...なります。 pai-04-06.jpg 

pai-04-07.jpgSpiralインダクタンスですが、これはかなり古いですが、適応領域は無線周波数よりもずっと高いものです。(これもプレーナ構造ですね)

 

話しを戻しまして、最も重要なのは、FEM、BEMとも基本定常解を求めるもので、不安定な解
たとえば過渡的な応答を解析することは出来ません。過渡的な応答を見るのに、じゃあ、逆フーリエ変換で...なんて言う人もいますが、何を言っているのでしょうね。過渡的な応答、いわゆる過渡解析がなくならないのは、定常解では見えない現象を見る為です。たとえば、今、電磁界がもっとも普及している分野ではSI(Signal Integriry)なる物がありますが高速デジタル伝送で問題となるのが、ISI(シンボル間干渉)です。これは、信号データが000000100000と信号がくる場合と101010101とくる場合では波形の立ち上がり立下りを変わってくる現象です。(1が表れる頻度で周波数帯域が変わる為です)わかりやすく言えば、ICの送信ドライバが配線を駆動するときに、配線上の電荷をチャージ、ディスチャージを行う為、現れるのです。

 

 このような周期的でない現象において定常解は存在しませんし、周波数方向での解析も出来ません。また厳密な意味で、この配線を電磁界で解析した結果Sparameterは定常解の結果であり過渡的な結果(状態)は含まれてないことになります。

 

厳密解の求まる例等、詳細は、各自調べて見て下さい。
簡単な、プレーナ構造の場合、座標変換で簡単に厳密解を導出できます。

 

5. Maxwell方程式

 

 そろそろ難しい話に戻してMaxwell方程式の話になります。

Maxwell方程式は、いろいろな形式で表されており、厳密な意味で表現がいろいろ存在します。
Maxwell方程式の微分形式、条件として電荷、電流のない真空状態において以下の式が成立します。(その他、静電場、電荷が運動等々、いろいろと解析条件があると式が一部変わってきます)

pai-04-08.jpg 上の式をMaxwell方程式の第1の組、下の式をMaxwell方程式の第2の組と呼びます

前回、テンソル表記の話をしたのでこの2組の式のテンソル表記を書いてみます。
まずMaxwell方程式の第1の組ですが、これは4元反対称2階テンソルの成分になっており
その4元テンソルFikは

  pai-04-09.jpg で表すことが出来ます。
これは、以下のように書くことができ、Maxwell方程式の相対論への適応を表しています。

pai-04-10.jpg また、Maxwell方程式の第2組は、次のようになります。

  pai-04-11.jpg より

  pai-04-12.jpg が導かれますが、実はこの式は、最小作用の原理(物体の運動はエネルギーが最小となる経路を通る)より導かれます。

Maxwell方程式の第2組の電荷の運動を現す場の方程式から導かれる

  pai-04-13.jpg ここで、空間に電荷、電流は0であるのでj=0として、上記の式が成立するのは

  pai-04-14.jpg です。つまり(d)の式は(e)を満たすことが証明できます。

 

6. 最後に

 

 今回は、電磁界についていろいろ書きましたが、もっと詳細に書いてみたいのですが、テンソルの計算は、めちゃくちゃページ数を割くので、中途半端になってしまいました。
そして、執筆していてわかったことがありまして、どうも電磁界が苦手な人は、先生の教え方が悪い、あまり説明が上手でないのだなと分かりました。それ以外にも、多くの教科書(古いものから新しいもの)で記述が統一されていない等々もあるかと思いますし、その中で単位系CGS,MKSAの違いもあります。

 

しかしながら、実際の業務では、このような事は言い訳できるはずもなく、各自が使用しているソフトウエア(Spice, EM(電磁界)等々)の解析結果に、ただ満足するだけでなく、どういう手法で解いているか技術を知るのは、技術者として必須だと思います。とくに、多くのSimulationは厳密解を解いているわけではなく、近似解を求めているので、真の解とどれだけ誤差があるのか、本当の解なのか吟味する上で必要な知識は身につけないといけません。

 

 ここで、少しだけ宣伝です。
現在、 Spiceと連携するツールの紹介を含めて、Spice Simulationに使用されている技術、使用注意点、特徴を踏まえた講座をしております。現在、初級講座と中級講座に分かれまして初級では、一般的な Spiceの記述をマスター、そして収束しなかった時の対処方法や、精度の上げ方等より実践的な内容をご紹介します。中級講座では、RF-CMOSで必須 なHB法、PSSの解析手法、そしてノイズの解析等を増幅回路の例題を通して学習していきます。またVerilog-AMS講座では、単なるテクニックではなく、Spiceの精度を踏まえたVerilog-AのモデリングからVerilog-AMSのSimulationの方法をご紹介しております。
 また、来年AWR Japan様の協力で新しい講座が出来る予定ですのでご期待ください。

 

Spice Simulation初級講座:(今年は終了)
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0025spicesimulation.php

Spice Simulation中級講座:(10月13日開催)今年最終回
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0075spicet.php
 
Verilog-AMS講座:(11月18日)今年最終回
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0020verilogams.php
 
次回
第五回:アナログ回路と制御理論(予定)
第六回:アナログ回路シミュレーションの限界精度の調べ方(最終回)
です。

謝辞:
SHINTECHの宮下部長様には、執筆にあたりいろいろと技術情報を交換していただき、誠にありがとうございました。また例のフィルタ設計ソフトお待ちしております。

SHINTECH HP:http://www.shintech.jp

 

Reference:

ランダウ=リフシッツ著:電磁気学1、2 東京図書
砂川 重信著:電磁気学 紀伊國屋
ジョージ・アルフケン著 ベクトルと行列 講談社
 
著者プロフィール:
 
PI Research LABO(パイリサーチラボ) 代表  柳 孝裕(やなぎ たかひろ)
URL: http://www.pi-rlabo.com
 
現在はまっている事:トマト栽培
尊敬する人:レオナルドダヴィンチとアインシュタイン 
趣味:オーディオ、自転車、音楽、写真、天体観測、物理学、トマト栽培
夢:大学に戻って物理学の研究,
現実:最近南国に移住計画を計画中 

 

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